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セミに異変?
抜け殻
  3、4日前にたった1回、庭でセミの鳴き声を聞いた。朝や夕方に下草のあたりでジィと一声鳴いたり、ガサッと音がすることはあったが、一向にセミらしい鳴き声が聞こえなかった。抜け殻は杏の隣に生えている紫陽花に幾つもついている。生まれていることは確かなのに、どうしたのだろう。杏の幹に止まって
  今朝、朝食後に定番のTVを見ていたら、目覚まし時計が壊れた時のような規則正しいゼンマイの音が聞こえてきた。庭へ出てみると杏の幹の地上50センチくらいのところにアブラゼミが止まっている。コチコチともプチプチとも表わしがたい音が何時間も続いた。ちゃんとセミとして鳴きたいのに鳴けないのは、こすって音を出す羽根または共鳴器官に異常があるのだろうか。
  午後になると梅の木に止まったセミも同じ音を出し始めた。いつまでもいつまでも。なんだか切ないなぁと思っていたら、杏の幹の上の方で、聴きなれたアブラゼミの声がしたので、出て行ってそっと撮ったのが左の写真。でもセミらしく鳴いたのはたった1回きり。夏が暑すぎて、何か異変が起こったのか、生れたセミが殆どメスだったからか...、


未分類 | 23:35:52 | Comments(0)
猛暑のせいにしておきます
白百合   20日近く続く猛暑に、体力も思考力もすっかり奪われている。朝から晩までエアコンをつけ、寝ている間もつける。扇風機もフル稼働だ。被災地の体育館などで避難生活を続けている人たちは、想像を絶する過酷な毎日だろうと思う。腰も上げずにテレビ画面で見て、そう思っている。
  近所のお友達にミニトマトや玉ねぎを頂き、今日は別のお友達に長くて細いインゲンを頂いた。畑仕事は大変でしょうと言うと、4時半に起きて畑へ行くのだと言う。なるほど、それ位しなくては連日の猛暑は乗り切れないわね。犬を連れて通ったお友達は、早起きして朝の散歩に行くという。だから夜ご飯食べたらすぐ眠くなっちゃって、と笑う。アタシみたいに夜の12時までパソコンに向かってるなんて異常よね。何とか切り替えようと努力してるんだけどね...
  パソコンで何やってるかっていうと、さっきまで上野の国博でやってる縄文展を覗いていた。今日見に行った次女が案外空いてたよと言う。明日は日曜美術館で取り上げるから、その後はきっと混むよ、とも。土偶や土器を送り出した各地の美術館のビデオレターが面白い。学芸員が 「行ってらっしゃ~い!」 なんてガラス越しに言っている。前から埴輪が好きなので、ぜひ行ってみたいのだけど、腰が重い。
  もう1つ、パリのジャーナリスト、アンヌ・ドフィーヌ・ジュリアンさんが撮った映画 「子どもが教えてくれたこと」 の予告編を見ていた。朝日新聞の 「ひと」 欄に載っていたが、このドキュメンタリー映画はぜひ、見たい。見たいけれど、銀座シネスイッチへ出かけていく気力が今は湧かない。少し前までは、けっこう行動派のつもりだったんだけどなぁ。暑さのせい? それとも年をとった証拠?   
  せめて今夜はさっさとニューヨークに行って、さっさと寝ることにしよう。


未分類 | 23:00:14 | Comments(0)
盲導犬訓練士の記事
お店のシール   盲導犬のこと興味あるでしょ、と読み聞かせ仲間のお友達が新聞の切り抜きを綴じたものを貸してくれた。読売新聞に5月下旬から連載された 「盲導犬の魔術師 多和田悟」 の30回にわたる記事であった。洗濯物を干すなり読みふけった。盲導犬を希望する視覚障害者に 「盲導犬を持ったら何をしたいか」 と訊いたら、散歩というものをしたい、と答えたという。ただ、目的地へ着けばいいのではなく、楽しく歩けることが大切なのです、という気づき。歩くということは 「角」 「段差」 「障害物」 という3つの情報を犬が安定的に出せるようにするのが盲導犬の訓練なのだという。
   「盲導犬クイールの一生」 というテレビドラマで一躍知られるようになった盲導犬。私はその後の映画も見ていないのだが、これらによって、盲導犬というものが社会に受け入れられるようになったことは記憶している。盲導犬は簡単に出来上がるものではなく、優れた訓練士によって生まれるものであることが、この記事の自伝的記述でよく理解できた。夫婦2人で1頭の盲導犬を使う、タンデムというやり方を考案したり、訓練士のための訓練理論を確立したり、視覚だけでなく盲ろうのユーザーのための盲導犬を訓練したり、多和田悟という人は 「盲導犬の魔術師」 と呼ばれるまでの血の滲むような努力を重ねてきたのだった。 
  私の知っている範囲では、鈴木加奈子さんは2頭め、小山恵美子さんは3頭めの盲導犬を得て、晴眼者以上に活躍している。優秀な訓練士が増えて、盲導犬を望んでいる視覚障害者がユーザーとなれる日が早く来るといいと思う。 


未分類 | 23:55:54 | Comments(0)
発掘という名の探しもの
記憶の線路   6月下旬にバッタリ会ったお友達に美術展の案内ハガキをもらった。最寄り駅の市民ギャラリーだから寄って見ようと思ってハガキを探したが見つからない。確か来週だったと思いながら整理しつつ探していたら、別の古い封書が出てきた。2003年つまり平成15年の2月の日付で、英会話サークルをやめますと書いた私の手紙に対しての世話役からの返信であった。
  「最近は自分も予習をサボって、ただ出席はしています」 と書いた後に、「以前、私の退職時に友人が”昔は金持ち、土地持ちがもてはやされたけど、今は時持ちが勤め人の憧れだ。君は退職してそれを手に入れたのだから贅沢者だ” と言った。しかし、今それを入手してみると最も贅沢なものは”人持ち”だと思います。そういう意味では英会話サークルは人持ちにつながる貴重な場なのだと感じています。人との接触の少ない私にとっては社会の窓でもあるのです。」 と続けてあった。ですから貴女も早く復帰されてまた良い情報を与えてください、と。
  私はそのまま英会話サークルをやめてしまったし、そんな素敵な言葉を書いてくれた彼の顔ももう思い出せないのだが、指導者の先生にはずい分お世話になった。毎回、ラジオ放送をもとにした手作りのテキストで非常に熱心に指導された。一向に身につかずに終わってしまったけれど、あのクラスの雰囲気が懐かしい。
  思いがけない15年前の手紙で、今夜もタイムスリップしてしまった。


未分類 | 23:43:45 | Comments(0)
浅利慶太逝く
   子どもの頃から、人見知りのくせに舞台へ上がるのは嫌いではなかった。校内演劇コンクールの伝統があった高校時代は外部の小さな演劇グループにも入っていた。卒業して勤めた銀行では演劇部に入り、演劇や音楽の発表会に熱を上げていた。その頃知ったのが 「劇団四季」 であった。浅利慶太と大学時代から親交のある同僚がいて、彼に誘われて何度か本格的な演劇の舞台を観に行った。
  その頃の四季はミュージカルではなく、ストレートプレイと言われる舞台をやっていた。ジャン・ジロドウの 「オンディーヌ」 や、名前は思い出せないけど本格的な翻訳劇に感動している私を、同僚は好意を寄せてくれたのだが、それはさておき。
  後に浅利慶太の妻になった藤野節子か影万里江が水の精オンディーヌを演じ、純粋な美しさに惹きこまれたのを覚えている。白水社のジロドウ戯曲全集を夢中になって読んだっけ。
  浅利慶太が悪性リンパ腫で亡くなった。85歳だったそうだ。劇団四季が 「キャッツ」 や 「ライオンキング」 の興業で世界的にも有名になり、スケールの大きいミュージカルを観てみたいとは思いつつ、ついに何も観ていなかった。
  人生の面白さを人に見せたいと願って大学時代に「四季」 を立ち上げたという。戯曲の中にある人生そのものの感動を人々に見せたいと語っていた浅利慶太が商業的なミュージカルに力を注ぎ、優れた演劇人を育て、多くの人々を感動させたのはやはり只者ではなかったのだと思う。
  私の中に眠っていた青春の思い出のシーンが蘇った訃報だった。


未分類 | 23:55:20 | Trackback(0) | Comments(0)
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